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日本の神々-古事記編-神武天皇の段の神と人

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある

時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

神武天皇(神倭伊波礼毘古命)の段に登場した神と人

・五瀬命(イツセノミコト)

  鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)玉依毘売(タマヨリビメ)の一番目の子

  御陵は紀国の竃山(カマヤマ 和歌山県和歌山市和田)にある

  天下の政治を行うべき土地を探して、神倭伊波礼毘古命と共に筑紫の日向から東へ向かう

  白肩の船着き場(大阪府東大阪市日下町辺り地図7)で、登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)に攻められたときに負った矢の傷が原因で、紀国(キノクニ 和歌山県辺り)の河口(地図9)で憤死した

  →詳細は神武東征-前の那賀須泥毘古の段へ

・宇沙都比古(ウサツヒコ)

  豊国(豊前・豊後)の宇沙(今の大分県宇佐市)に勢力を持つ豪族

  宇沙都比売(ウサツヒメ)と共に、神倭伊波礼毘古命五瀬命一行に足一騰宮(アシヒトツアガリノミヤ)の造営と豪華な食事を献上した

  →詳細は神武東征-前の段へ

・宇沙都比売(ウサツヒメ)

  豊国(豊前・豊後)の宇沙(今の大分県宇佐市)に勢力を持つ豪族

  宇沙都比古(ウサツヒコ)と共に、神倭伊波礼毘古命五瀬命一行に足一騰宮(アシヒトツアガリノミヤ)の造営と豪華な食事を献上した

  →詳細は神武東征-前の段へ

・槁根津日子(サオネツヒコ)

  国つ神

  大和国の造〔ヤマトノクニノミヤツコ ミヤツコは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  速吸門(ハヤスイノト 潮の流れが速い海峡のことで今の明石海峡 地図6)で、亀の背に乗って釣りをしているときに、神倭伊波礼毘古命五瀬命に会って、仕えることになった

  槁根津日子の名はそのときに貰ったものである

  →詳細は神武東征-前の段へ

・登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)

  大和国の登美(奈良県奈良市三碓町辺り)の首長

  白肩の船着き場(大阪府東大阪市日下町辺り 地図7)辺りで、神倭伊波礼毘古命一行を迎え撃ち、五瀬命に重傷を負わせて一行を退却させる

  →詳細は神武東征-前の那賀須泥毘古の段へ

  その後、神倭伊波礼毘古命に東から攻められる(勝敗の記述はない)

  →詳細は神武東征-後の那賀須泥毘古との再戦の段へ

・(熊野)高倉下〔(クマノノ)タカクラジ〕

  熊野村の住人

  夢の中で建御雷之男神に天つ神の御子の元まで佐士布都神を持っていくようにと言われ、熊野村で倒れていた神倭伊波礼毘古命にその大刀を献上した

  またこのとき熊野村の奥に入らないことと、道案内として八咫烏を遣わすという高木神の伝言も伝えた

・佐士布都神(サジフツノカミ)

  葦原中つ国の平定をする際に建御雷之男神が使用した大刀

  石上神宮(イソノカミジングウ)に鎮座

  別名に甕布都神(ミカフツノカミ)布都御魂(フツノミタマ)がある

  天照大御神高木神と建御雷之男神の会談の結果、高倉下を通して神倭伊波礼毘古命に与えられた

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

・八咫烏(ヤタガラス)

  高木神神倭伊波礼毘古命一行を導くために遣わした天上界の巨大な烏

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

・贄持之子(ニエモツノコ)

  国つ神

  阿陀の鵜養(アダノウカイ)の祖

  吉野川(奈良県・和歌山県)で、筌(ウケ・ウエ 筒状の漁具)を使って漁をしていたときに神倭伊波礼毘古命に会った

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

・井氷鹿(イヒカ)

  尾の生えている国つ神

  吉野首〔ヨシノノオビト オビトは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  吉野川から吉野の山の間にある光る井戸の中から出たときに、神倭伊波礼毘古命に会った

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

・岩押分之子(イワオシワクノコ)

  尾が生えている国つ神

  吉野の国巣(ヨシノノクズ クズは土着の意)の祖

  吉野の山にて神倭伊波礼毘古命を迎えるために、岩を押し分けながら姿を現した

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

・兄宇迦斯(エウカシ)

  宇陀の穿〔ウカチ 宇賀志(奈良県宇陀郡菟田野町宇賀志)地図12〕に勢力を持つ豪族

  弟宇迦斯(オトウカシ)の兄

  神倭伊波礼毘古命に帰順を求められた際、これを刎ね退け、迎え撃つための軍勢を集め始めたが上手く集まらずに迎え撃つことが出来なかった

  そこで帰順すると嘘を吐いて、仕掛けを施した屋敷に招き入れることで神倭伊波礼毘古命を謀殺しようとするが、弟宇迦斯による暴露によって失敗、この謀りの露見によって、道臣命(ミチノオミノミコト)と大久米命(オオクメノミコト)に殺された

  →詳細は神武東征-前の兄宇迦斯の策略の段へ

・弟宇迦斯(オトウカシ)

  宇陀の穿〔ウカチ 宇賀志(奈良県宇陀郡菟田野町宇賀志)地図12〕に勢力を持つ豪族

  兄宇迦斯(エウカシ)の弟

  宇陀の水取(ウダノモイトリ 飲料用の水を司る部)らの祖

  兄宇迦斯の神倭伊波礼毘古命を謀殺する計略を暴露した後、一行に豪華な食事を献上した

  →詳細は神武東征-前の兄宇迦斯の策略の段へ

・道臣命(ミチノオミノミコト)

  天忍日命(アメノオシヒノミコト)の子孫

  大伴連〔オオトモノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  神倭伊波礼毘古命を謀殺しようとした兄宇迦斯(エウカシ)大久米命(オオクメノミコト)と共に追い立て、兄宇迦斯自身が作った仕掛けに掛からせた後、その死体を斬り刻んでバラバラにした

  →詳細は神武東征-前の兄宇迦斯の策略の段へ

・大久米命(オオクメノミコト)

  天津久米命(アマツクメノミコト)の子孫

  久米直〔クメノアタエ アタエは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  神倭伊波礼毘古命を謀殺しようとした兄宇迦斯(エウカシ)道臣命(ミチノオミノミコト)と共に追い立て、兄宇迦斯自身が作った仕掛けに掛からせた後、その死体を斬り刻んでバラバラにした

  →詳細は神武東征-前の兄宇迦斯の策略の段へ

  大后(オオキサキ 皇后)を探していた神武天皇伊湏気余理比売(イスケヨリヒメ)のことを教え、その後の両神との歌をやり取りを通じて、その結婚に貢献する

  →詳細は神武東征-後の伊湏気余理比売の段へ

・兄師木(エシキ)

  磯城(シキ 奈良県桜井市 地図14)に勢力を持つ豪族

  →詳細は神武東征-後の迩芸速日命の段へ

・弟師木(オトシキ)

  磯城(シキ 奈良県桜井市 地図14)に勢力を持つ豪族

  →詳細は神武東征-前の迩芸速日命の段へ

・迩芸速日命(ニギハヤヒノミコト)

  天つ神

  物部連〔モノノベノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕・穂積臣〔ホズミノオミ オミは姓(カバネ 一種の称号)〕・婇臣(ウネメノオミ)の祖

  登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)の妹、登美夜毘売(トミヤビメ)を妻にして、宇麻志麻遅命(ウマシマジノミコト)を生んだ

  神倭伊波礼毘古命を追って葦原中つ国に天降りした後、同神に天津瑞(アマツシルシ 天津神であることを示す玉)を差し出し仕えることになった

  →詳細は神武東征-前の迩芸速日命の段へ

・登美夜毘売(トミヤビメ)

  登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)の妹

  迩芸速日命(ニギハヤヒノミコト)を夫として、宇麻志麻遅命(ウマシマジノミコト)を生んだ

・宇麻志麻遅命(ウマシマジノミコト)

  迩芸速日命(ニギハヤヒノミコト)登美夜毘売(トミヤビメ)の子

  また物部連〔モノノベノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕・穂積臣〔ホズミノオミ オミは姓(カバネ 一種の称号)〕・婇臣(ウネメノオミ)の祖

・阿比良日売(アヒラヒメ)

  阿多の小椅君(アタノオハシノキミ 鹿児島県さつま市加世田周辺の豪族)の妹

  日向にいたころの神倭伊波礼毘古命を夫として、多芸志美美命(タギシミミノミコト)岐湏美美命(キスミミノミコト)を生んだ

  →詳細は神武東征-後の伊湏気余理比売の段へ

・多芸志美美命(タギシミミノミコト)

  神倭伊波礼毘古命阿比良日売の子

  詳しくはこちら

・岐湏美美命(キスミミノミコト)

  神倭伊波礼毘古命阿比良日売の子

・阿多の小椅君(アタノオハシノキミ

  鹿児島県さつま市加世田周辺の豪族

  阿比良日売(アヒラヒメ)の兄で、神倭伊波礼毘古命の義兄

  阿多に住む隼人の祖である火照命の子孫の可能性がある

・比売多多良伊湏気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)

  大物主神勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)の娘

  大久米命との歌のやり取りの後、神武天皇の大后となることを承諾し、神武天皇を夫として、日子八井命(ヒコヤイノミコト)神八井耳命(カムヤイミミノミコト)神沼河耳命(カムヌナカワミミノミコト)の三柱を生んだ

  →詳細は神武東征-後の伊湏気余理比売の段へ

  別名に富登多多良伊湏湏岐比売命(ホトタタライススキヒメノミコト)がある

  伊湏気余理比売の出生

  父である大物主神が大層な美人であった勢夜陀多良比売に見惚れたため、勢夜陀多良比売が大便をしているときを狙って、自身の姿を朱塗りの矢に変え、便所の流れの上流から下ってきて、その女陰(ホト)を突いた

  そのために勢夜陀多良比売は驚き立ち上がって慌てふためくも、その矢を持って床の傍に置いたところ、その矢はすぐに麗しい若者に変身し、この二柱が結婚して伊湏気余理比売を生んだ

  (27)当芸志美美命の企み

  神武天皇崩御後に当芸志美美命(多芸志美々命 タギシミミノミコト)と結婚した伊湏気余理比売は、当芸志美美命が自身の子ら三柱を暗殺しようとしていることに気付き、そのことを歌を詠んで知らせた

  →詳細は多芸志美々命の記事へ

・日子八井命(ヒコヤイノミコト)

  神武天皇伊湏気余理比売(イスケヨリヒメ)の一番目の子

  茨田連〔マムタノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕、手島連〔テシマノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕の祖

・神八井耳命(カムヤイミミノミコト)

  神武天皇伊湏気余理比売(イスケヨリヒメ)の二番目の子 

  詳しくはこちら

・神沼河耳命(カムヌナカワミミノミコト)

  神武天皇伊湏気余理比売(イスケヨリヒメ)の三番目の子

  詳しくはこちら

・勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)

  三島の湟咋(ミシマノミゾクイ 大阪府茨木市・高槻市・吹田市周辺に勢力を持つ豪族)の娘

  大物主神に見初められて結婚し、伊湏気余理比売(イスケヨリヒメ)を生んだ

  →詳細は伊湏気余理比売の出生の経緯の段へ

・三島の湟咋(ミシマノミゾクイ)

  大阪府茨木市・高槻市・吹田市周辺に勢力を持つ豪族

  勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)の父で、神武天皇の義祖父

  おそらく国つ神

 

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