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日本の神々-古事記編-建御雷之男神

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある

時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

・建御雷之男神(タケミカヅチヲノカミ)

  伊邪那岐天之尾羽張(アメノオワバリ)火之迦具土の首を刎ねた際(詳細)、その血が鍔から岩に垂れ生まれた雷神

  天之尾羽張神の子

  名には勇猛な雷神の意がある

  別名に建布都神(タケフツノカミ)豊布都神(トヨフツノカミ)がある

  国譲り

  父神である天之尾羽張神(アメノオワバリノカミ)の進言(詳細)によって、その息子である建御雷之男神が葦原中つ国へ遣わされることになり、天鳥船神(アメノトリフネノカミ)と共に地上に赴いた

  二神は出雲国の伊那佐(イナサ)の浜辺〔島根県出雲市大社町 宇迦能山の麓(大国主神の鎮座地)の近く〕に降り、十掬剣(トツカノツルギ)の柄を下に波頭に突き刺して切っ先の上に胡坐をかきながら、大国主神に自身が天照大御神高木神(タカキノカミ)の使いであることを話し、その上で天照大御神が葦原中つ国を自分の御子が治めるべきと考えていることについての意見を尋ねた

  これに対し大国主神は自分の代わりに息子である八重言代主神(ヤエコトシロヌシノカミ)が答えると言ったので、鳥狩りと漁のため御大(ミホ)の岬(後の美保の岬 島根県八束郡美保関)にいた八重言代主神を、天鳥船神を岬に遣わして呼び寄せて、大国主神と同じように尋ねた

  八重言代主神は葦原中つ国を天つ神の御子に献上すると答えると、乗っていた船を踏んで傾け、天の逆手(アメノサカテ)を打つ呪いをして、船を青々とした柴垣に変え神座を作り、その中に隠れた

  建御雷之男神が大国主神に他に話を聞くべき子がいるかを尋ね、それに対して建御名方神(タケミナカタノカミ)の名を挙げ、それ以外にはいないと答えたとき、建御名方神が千引き(千人で引かなければ動かないほど大きく重い)の岩を手先に乗せ現れた

  そして「自分の国でひそひそと話をしているのは誰か、葦原中つ国を乗っ取るつもりならば、私と力比べをしてからにしろ」と言って、建御雷之男神の手を掴んだが、建御雷之男神が掴まれた手を氷柱、そして剣に変えたので、建御名方神は恐れからその手を離し身を引いてしまった

  今度は建御雷之男神が建御名方神の手を取り、まるで若い葦を掴むかの如く掴み潰して投げ飛ばした

  このため建御名方神は逃げ去ったが、建御雷之男神は後を追い、信濃国(長野県)の洲羽の海(諏訪湖)で追い詰めて殺そうとした

  建御名方神はこの洲羽の地に留まること、父である大国主神と兄である八重言代主神に背かないこと、葦原中つ国を天つ神に献上することを交換条件に命乞いをし、建御雷之男神はこれを受け入れた

  出雲国に戻った建御雷之男神は大国主神にその子供らの意向を伝え、これに受け大国主神も葦原中つ国を天つ神の御子に献上することを了承したが、自身の住居と子供らについて条件を付けた

  住居については天つ神の御子が天津日継(アマツヒツギ 天照大御神の霊位を継承すること)を受け統治をするときに住む十全な宮殿のように、地の底を基盤にし宮柱(神殿の柱)を深く突き立て、高天原に向かって千木(チギ)を高くした宮殿を大国主神のために作ること、大国主神の子供(百八十神 モモヤソガミ 多くの神々)については八重言代主神がこれらを率いて天つ神に仕えること、これらを守るのなら大国主神は遠方に隠れ、子供らは天つ神に背くことはないと約束した

  そういうことで建御雷之男神は出雲国の多芸志(タギシ 島根県出雲市)の小浜に大国主神のための御舎(ミアラカ 神殿の尊称)を作った

  そこの料理番となった櫛八玉神(クシヤタマノカミ)は鵜に変身し取ってきた海底の土で、天之平瓮(アメノヒラカ 神聖な平たい皿のような土器)を多数作った

  また海布(メ)という海藻の柄で火鑽り臼(ヒキリウス)を作り、海蓴(コモ)という海藻の柄で火鑽り杵(ヒキリギネ)を作って、浄火を起こし「この火は神産巣日神(カムムスヒノカミ)の壮大な宮殿のような大国主神の宮殿では、天の宮殿と同じように煤が長々と垂れ下がるまで、楸(ヒサギ)を高天原に向かって焼き上げ(祓の儀式)、地下に向かっては宮柱の基盤の地底の岩盤までも焼き、また楮(コウゾ カジノキの一種)の繊維で作った白い綱を海中深く千尋の深さまで伸ばして釣りをして、口が大きく尾ひれが張った鱸(スズキ)を大量に引き上げて、竹張りの簀子(スノコ)がたわむほどに立派な魚料理を献上する」と祝言を奏上した

  建御雷之男神は大国主神がこの宮殿に鎮座することを受け入れたことを確認し、高天原に戻り葦原中つ国を平定したこととその過程を天照大御神に伝えた

  (24)天照大御神の子孫である神倭伊波礼毘古命が登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)や熊野の荒ぶる神などに悩まされている様子を見て、天照大御神と高木神建御雷之男神にもう一度天降るように持ち掛けるが、建御雷之男神は自身の代わりに、葦原中つ国の平定を担った大刀である佐士布都神を降ろすのが良いと言い、両神はこれを承諾した

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

 

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