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日本の神々-古事記編-建速須佐之男命

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある

時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

三貴子(ミハシラノウズノミコ・サンキシ)-下

・建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)

  伊邪那岐の鼻に付着した黄泉国の穢れ(詳細)を祓ったことで生まれた神

  三貴子の内の一柱

  天照大御神との宇気比の儀式により、多紀理毘売命(タキリビメノミコト)市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)多岐都比売命(タギツヒメノミコト)を作る(詳細

  櫛名田比売(クシナダヒメ)との間に八島士奴美神(ヤシマジヌミノカミ)神大市比売(カムオオイチヒメ)との間に大年神(オオトシノカミ)宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)を生む(詳細

  また子に須勢理毘売(スセリビメ)がおり、その婚姻により大国主神の義父となる

  啼泣・昇天

  須佐之男は父である伊邪那岐に海の統治権を委譲されたが、妣(ハハ)の国根堅州国(ネノカタスクニ 異説あるが一般的に黄泉国のこと)〕に行きたがり、髭が生え胸まで届く年になっても泣きわめいて、すべき仕事をしなかった

  このとき須佐之男は山、海、川の水を自分の涙にしたため、山は枯れ木で満たされ、海、川は干上がってしまい、これにより至る所で悪神や鬼が跋扈し禍が起こった

  伊邪那岐は須佐之男の泣く理由を聞いて怒り、須佐之男を海原から追放した

  そして須佐之男は姉である天照大御神のところに行って、根堅州国に行くために伺いを立てることにした

  天照大御神が治める高天原に着き、宇気比の儀式をしてその行為に邪心の無いことを証明した(詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段)が、その後高天原を荒らし回り、このことが原因で天照大御神が天岩屋に閉じこもってしまった(詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ)

  追放

  天岩屋戸の事件の後、八百万(ヤオヨロズ 多い)の神々で事件の原因であった須佐之男の処遇について会議を開き、結果、千位の置戸(チクラノオキド 沢山の贖罪の品)を差し出させ、その髭を切り手足の爪を抜き高天原から追放することになった

  天上界(高天原)から追放された須佐之男は葦原中つ国に降りる前に、食物の神である大宜都比売神(オオゲツヒメノカミ)(※ここでは阿波の国の神格化した神である大宜都比売と区別する)に食事を求め、これを受けて大宜都比売は鼻、口、尻から様々な食物を取り出し食事を作ったが、その行程を見ていた須佐之男はわざと穢してから食べさせようとしていると思いこみ、大宜都比売を殺した

  殺された身体から蚕、稲種、粟、小豆、麦、大豆が生まれ、これを神産巣日神(カミムスビノカミ)が集めさせてそれぞれの種とした

  八俣の大蛇(ヤマタノオロチ)

  須佐之男は葦原中つ国の出雲国の肥河(ヒノカワ 今の斐伊川)の上流にある鳥髪に降り立ち、河に箸が流れているのを見てそのさらに上流に向かい、国つ神〔クニツカミ 地上(葦原中つ国)の神〕櫛名田比売と、その父親である足名椎(アシナヅチ)、母親である手名椎(テナヅチ)に会った

  足名椎と手名椎は櫛名田比売に縋りつき泣いており、須佐之男がその理由を聞くと、足名椎は北部の大蛇である八俣の大蛇が毎年一回来て自分たちの娘を一人ずつ食べてしまう、そして今年もその時期が迫り最後の娘も食われてしまうからだと話した

  次に須佐之男は八俣の大蛇の特徴を尋ね、足名椎は目はほおずきのように真赤で、胴体一つに八つの頭と八つの尾がある、身体は八つの谷、八つの峰にわたるほど長く、胴は苔むして杉や檜などが生えている、その腹は常に血でただれている、などとその特徴を説明した

  特徴を聞いた後、須佐之男は櫛名田比売を妻にもらえないかと足名椎に頼み、このときに須佐之男が天照大御神の弟であることを尋ね知った足名椎は慎んで承諾した

  その後大蛇退治の準備を始め、まず櫛名田比売を爪櫛の形に変えて自らの髪に挿し(角髪(ミズラ)という髪型だったので挿せた)、足名椎と手名椎に八塩折(ヤシオオリ 何度も醸造を繰り返した酒)の強い酒を用意させ、辺りに垣根を作り巡らし、それに八つの門、その内に八つの台を作らせ、その上に酒槽を置かせた

  やがて現れた大蛇は酒があることに気が付き、八つの頭を八つの酒槽に突っ込んで飲み、しばらくすると酔って寝てしまった

  その後に須佐之男は自身の十拳剣で、血で肥河が赤く染まるほどに大蛇を滅多切りにし、その際に尾から出てきた都牟刈(ツムガリ 鋭利の意)の大刀(草那芸剣)を、神秘的なものであり自分が持つべき物ではないとして、天照大御神に献上した

  八雲立つ

  櫛名田比売との新婚のための宮殿を須賀(島根県 須佐之男がこの地に降り立った時、清々しいと言ったことが由来)に作ることにし、宮殿を作ったときにその土地から雲が立ち上っているのを見て歌を詠んだ

  これは「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠み(ツマゴミ)に 八重垣作る その八重垣を」(「幾重にも雲が重なり湧き立つ出雲の地に、幾重にも重なる垣を作る、妻と籠るために幾重にも垣を作る、八重の垣を」)というものである

  須賀の宮の長に足名椎を任命し、稲田宮主須賀之八耳神(イナダノミヤヌシスガノヤミミノカミ)という名を与えた

  その宮殿で櫛名田比売と八島士奴美神を生み、また神大市比売を娶り大年神宇迦之御魂神を生んだ

  その後、かねてからの希望であった根堅州国へ行った

  (13)大国主神の訪問

  大国主神がその兄弟の神々から逃げて根堅洲国にやってきたとき、様々な試練を課したがそれを尽く乗り越えられ、次第に一目置くようになる

  最終的に大国主神には所有物である生大刀(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)天詔琴(アメノノリゴト)を取られ、自身の娘である須勢理毘売と共に逃げられるが、それを許した上で大国主神に兄弟の神々への対処法や国作りの助言をした

  →詳細は大国主神-前の根堅洲国の段へ

 

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