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日本の神々-古事記編-大国主神-後

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある

時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

  神語(カムガタリ)-沼河比売

     神語-以下の沼河比売(ヌナカワヒメ)須勢理毘売、大国主神が歌った五つの歌のことで、須勢理毘売以外の歌は、物語や歌謡の伝承者たる天馳使(アマノハセヅカイ)が語るという形式で記述されている

  大国主神が越の国(コシノクニ 越後国 新潟県)の沼河比売(ヌナカワヒメ)に求婚しようと、その家の戸の外で以下の歌を歌った。

  「八千矛の 神の命(ミコト)は 八島国(ヤシマクニ) 妻枕きかねて(マキカネテ) 遠々し 高志(コシ 越で北部のこと)の国に 賢し女(サカシメ)を 有りと聞かして 麗し女(クワシメ)を 有りと聞こして さ婚ひ(ヨバイ)に あり立たし 婚ひに あり通はせ 大刀が緒も いまだ解かずて 襲(オスイ)をも いまだ解かねば 嬢子(オトメ)の 寝す(ナス)や板戸を 押そぶらひ 我が(ワガ)立たせれば 引こづらひ 我が立たせれば 青山に 鵼(ヌエ)は鳴きぬ さ野つ鳥(サノツトリ) 雉(サギシ)は響む(トヨム) 庭つ鳥(ニワツトリ) 鶏(カケ)は鳴く 心痛く(ウレタク)も 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね いしたふや 天馳使(アマハセヅカイ) 事の 語言(カタリゴト)も 是(コ)をば」

  (「八千矛の名を持つ神(大国主神のこと)は大八島国中を回り、妻とする女を探したけれど見つからず、遠い越の国に賢く麗しい女がいると聞いて、妻にしようと求婚とために何度も通った

  『私(大国主神)が身に帯びた大刀の緒も解かず、外套も脱がずに、その女の寝ている家の板戸を激しく揺さぶり、引きながら立っていると、夜は更け緑が繁る山の方から鵼(ヌエ トラツグミなど)の鳴き声が悲しげに聞こえた

  そしていつの間にか、夜明けと共に帰らなくてはいけない私を急かすように、野の鳥である雉、庭にいる鳥である鶏が暁を告げ始めた

  ひどく恨めしいので打ち殺して黙らせてやろうか』

  ―――と、海人部の使い(天馳使は物語、歌謡の伝承者 神語は天馳使が語るという形式で記述されている)である私が語る事の次第はこの通りです」)

  沼河比売はこれを聞き、戸を開けずに以下のように返した。

  「八千矛の 神の命の ぬえ草の 女にしあれば 我が心 浦渚(ウラス)の鳥ぞ 今こそは 我鳥(ワドリ)にあらめ 後は 汝鳥(ナドリ)にあらむを 命は な殺せたまひ(シセタマヒ)そ いしたふや 天馳使 事の 語言も 是をば」

  (「『八千矛の名を持つ神様、私は萎えた草のように弱い女の身なので、入江の洲を漂っている鳥のように雄のつがいを求めています

  だから今は我儘な鳥でも、後になれば貴方の鳥になるので、早まって殺さないでください』

  ―――と、海人部の使い(天馳使は物語、歌謡の伝承者)である私が語る事の次第はこの通りです」)

  「青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て 栲綱(タクヅノ)の 白い腕(タダムキ) 沫雪(アワユキ)の 若やる(ワカヤル)胸を そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕き 股長(モモナガ)に 寝(イ)は寝さむ(ナサム)を あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事を 語り言も 是をば」

  (「『緑の繁る山に日が隠れて、檜扇の実の色のように暗くなる夜になったら来てください

  貴方は朝日のような嬉しそうな笑顔で来てくれるでしょう

  そして私の楮(コウゾ カジノキの一種)の繊維で作った綱のように白い腕と泡雪のように柔らかい胸を抱き、抱き合い、玉のような美しい腕を枕に、足を伸ばしてゆっくりと眠るでしょう

  だからせっかちに恋しがらないでください、八千矛の名を持つ神様』

  ―――事の次第はこの通りです」)

  こうして大国主神と沼河比売はその晩ではなく次の日に会って、結婚した。

  神語-勢理毘売

  大国主神の正妻である須勢理毘売(スセリビメ)はこのことに嫉妬し、それを憂いた大国主神はしばらく出雲から離れ大和に行くことにし、旅支度を整え終え出発の際、片手を馬の鞍に掛け、片足を鐙に入れて歌を歌った。

  「ぬばたまの 黒き御衣(ミケシ)を まつぶさに 取り装い 沖つ鳥 胸(ムナ)見る時 はたたぎも これは適はず(フサワズ) 辺つ(ヘツ)波 そに脱き棄て(ウテ) 鴗鳥(ソニドリ)の 青き御衣を まつぶさに 取り装い 沖つ鳥 胸見る時 はたたぎも 此(コ)も適はず 辺つ波 そに脱き棄て 山県(ヤマガタ)に 蒔きし あたね舂き(ツキ) 染木が汁に 染め(シメ)衣を まつぶさに 取り装い 沖つ鳥 胸見る時 はたたぎも 此し宜し いとこやの 妹(イモ)の命(ミコト) 群鳥(ムラドリ)の 我が群れ往なば 引け鳥の 我が引け往なば 泣かじとは 汝は言ふとも やまとの 一本薄(ヒトモトススキ) 項(ウナ)傾し(カブシ) 汝が泣かさまく 朝雨(アサアメ)の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命(ミコト) 事の 語事も 是をば」

  (「『檜扇の実の色のように黒い衣をしっかりと身に着けた後、沖の水鳥が首を曲げ胸の毛を繕うように着付けを見てみても、袖の端をたぐり上げてみても、この衣は似合わなかったので、岸から引く波のように着物を後ろに脱ぎ捨て、鴗鳥(ソニドリ カワセミ)のように青い衣をまたしっかりと身に着けた後、同じように着付けを見て、袖の端をたぐり上げてみたが、これも似合わない

  同じように後ろに脱ぎ捨て、次は山の畑に蒔き育てた藍蓼(アイタデ 藍のこと)を臼で突いた染汁で藍に染めた衣を、またしっかりと身に着けた後、同じように着付けを見て、袖の端をたぐり上げてみると、これは似合った

  愛しい妻よ、私が群鳥のように大勢と共に行ってしまったら、群れに引かれて飛ぶ鳥のように誘われ行ってしまったら、貴女は泣かないと強がっても山にただ一本立っている薄(ススキ)のように、うなだれて泣くだろう

  そしてその嘆きの息は朝の雨のように霧になって立つのだろう、若草のように嫋やかな我が妻よ』

  ―――事の次第はこの通りです」)

  そこで須勢理毘売は大国主神の側まで行って、酒杯(サカヅキ)を取ってそれを捧げながら、歌を歌った。

  「八千矛の 神の命や 吾(ア)が大国主 汝(ナ)こそは 男(オ)に坐せば(イマセバ) 打ち廻る(ミル) 島の崎々 かき廻る 磯の埼落ちず 若草の 妻持たせらめ 吾はもよ 女(メ)にしあれば 汝を除て(キテ) 男は無し 汝を除て 夫(ツマ)は無し 綾垣の ふはやが下に 苧衾(または蚕衾 ムシブスマ) 柔や(ニコヤ)が下に 沫雪の 若やる胸の 栲綱(タクヅノ)の 白き腕(タダムキ) そだたき たたきまながり 真玉手(マタマデ) 玉手さし枕き(マキ) 股長(モモナガ)に 寝(イ)をし寝せ(ナセ) 豊神酒(トヨミキ) 奉らせ」

  (「八千矛の名を持つ神様、私の大国主様よ、貴方は男ですから渡る島々、巡る岬ごとに若草のように嫋やかな妻がいることでしょうが、でも私は女ですから、貴方以外の男も夫もいないのです

  綾織りの帳がふわふわと揺らめく下(モト)で、苧〔カラムシまたは蚕(カイコ)〕の繊維で作った寝具の柔らかい下(モト)で、私の泡雪のように柔らかい胸と楮(コウゾ カジノキの一種)の繊維で作った綱のように白い腕を、抱き、抱き合い、玉のような美しい腕を枕に、足を伸ばしてゆっくりと眠ってください

  さあ、どうぞお酒を召し上がってください」)

  この歌を聞いて、大国主神は酒杯を取り交わし誓いを結び、互いの首に手を掛け合って共に、出雲国の宇迦能山(ウカノヤマ)の麓に鎮座した。

  少名毘古那神

  大国主神が出雲国の御大(ミホ)の岬(後の美保の岬 島根県八束郡美保関)にいた時、波頭の上の天乃羅摩船(アメノカガミブネ ガガイモの実の船)に乗り、蛾の皮で作られた着物を着た小さな神が近づいてきた。

  大国主神はその神に名を尋ねたが答えず、お供の神々に訊いても知らないと言うので、近くにいたヒキガエルの助言に従い、歩きはしないけれども天下の事なら何でも知っているという久延毘古〔クエビコ 案山子(カカシ) 奈良平安時代は山田の曽富騰(ソホド)と言った〕に訊くことにした。

  そして久延毘古が神産巣日神(カムムスビノカミ)の子で少名毘古那神(スクナビコナノカミ)という神と答えたので、神産巣日神に確認をしたところ、神産巣日神は少名毘古那神のことを手の指から漏れ落ちてしまった自分の子であると認め、大国主神と少名毘古那神に兄弟となって二柱で葦原中つ国を作り固めるように言った。

  それから二柱は協力して国を作り固めたが、後に少名毘古那神は常世の国(トコヨノクニ)に渡ってしまった。

  これからは一人で国を作らなければならないと大国主神が嘆いていると、海を照らしながら神(大物主神)が近づいてきて、自分を祀ってくれるなら国作りに協力する、そうしなければ国作りは上手くいかないと持ち掛けてきたので、大国主神はその神を大和国(ヤマトノクニ 奈良県)を取り囲む山々の中の東の山である三輪山に祀った。

  (37)物言わぬ御子

  垂仁天皇は自身の子である本牟智和気御子(ホムチワケノミコト) が、成長しても話さないことを憂いていた。ある夜、夢の中で大国主神から、宮殿を天皇の宮殿のように立派なものにすれば、御子の祟りも解けるとお告げがあったので、御子に伴を付けて参詣させた。

  その帰路、御子は言葉を発するようになり、これを聞いた垂仁天皇は約束通り、大国主神のための社を建築させた。

  →詳細は垂仁天皇の記事の物言わぬ御子の段へ

 

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