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日本の神々-古事記編-大国主神-前

・大国主神(オオクニヌシノカミ)

  天之冬衣神(アメノフユキヌノカミ)刺国若比売(サシクニワカヒメ)の子であり、葦原中つ国最初の主

  また十七世神(トオマリナナヨノカミ)の六代目で、須佐之男の子孫

  多紀理毘売命(タキリビメノミコト)を妻に、阿遅鉏高日子根神(アジスキタカヒコネノカミ)高比売命(タカヒメノミコト)を生んだ

  神屋楯比売命(カムヤタテヒメノミコト)を妻に事代主神(コトシロヌシノカミ)を、鳥耳神(トリミミノカミ)を妻に鳥鳴海神(トリナルミノカミ)を生んだ

  別名に大名持(少名毘古那神との対と考えられる)から転じた大穴牟遅神(オオナムチノカミ)、葦原中つ国の勇猛な男の意である葦原色許男神(アシハラシコヲノカミ)、多くの矛を持った神の意で武勇を称えた八十矛神(ヤチホコノカミ)、国の神霊の意の宇都志国玉神(ウツシクニタマノカミ)がある

  稲羽の素兎(イナバノシロウサギ)

  大穴牟遅神には八十(ヤソ 多い)の異母兄弟がおり、その兄弟の神々が稲羽(後の因幡国 鳥取県)に住む八上比売(ヤガミヒメ)に求婚するため、稲羽に向かう際、大穴牟遅神に荷物を持たせる従者として連れて行った。

  一行は道中の気多(ケタ)の岬(鳥取県 白兎海岸)で、毛皮を剥がれた赤裸の兎が横たわっているのを見つけた。兄弟の神々はその兎に、元の身体に戻るためには海水を浴びてから、風が吹くところで乾かし、高い山の頂上で寝るのが良いと助言した。

  兎は神の言う通りに海水を浴びて乾かしたが、海水が乾くにつれて身体の表面が風に吹かれて裂かれ、あまりの痛みと苦しみに泣き伏せった。

  そこに集団の最後にいた大穴牟遅神が通りかかり、その事情を尋ねると兎は順を追って説明した。

  発端は兎が淤岐島(オキノシマ 隠岐の島 島根県)から気多の岬に渡る手段として、海の和邇〔以下鰐 ワニ 出雲周辺でのサメの古名 または外国からの伝承にある原語(ワニ)の流用、つまり爬虫類の鰐の意〕を上手く騙して橋代わりにしようとしたことであった。兎は鰐に対して兎と鰐どちらの同族が多いか比べようと持ち掛け、数を数えるために、鰐を淤岐島から気多の岬まで並ばせ、その上を兎が跳ぶことを承諾させた。

  こうして兎は順調に鰐の上を跳び気多の岬まで着いたが、その地上に着く直前に競争などしていなかったことを口走ってしまい、それを聞いた端の方にいた鰐に毛皮を剥ぎ取られてしまった。皮を剥かれて兎が泣き悲しんでいるところに、大穴牟遅神の兄弟の神々が通りかかり、その助言を聞いたところ、逆に兎の身体が傷だらけになったと説明した。

  これを聞いた大穴牟遅神は兎に、河口の水で身体を洗い、そこに生えている蒲(ガマ)の花粉(参照:蒲黄 ホオウ)を地面に撒き散らして、その上で転がり回れば身体は元に戻ると教え、言われた通りにした兎の身体に元通りになった。

  後に稲羽の素兎(イナバノシロウサギ)や兎神と呼ばれるこの兎は、大穴牟遅神に「先に行った兄弟の神々の求婚は成功しない、荷物を背負わせられ従者のような恰好をしている大穴牟遅神こそが八上比売を妻に出来る」といった予言をした。

  八十神の虐げ

  その後一行は稲羽に着き、兄弟の神々は八上比売へ求婚したが、八上比売は大穴牟遅神の妻になると言ってこれらを断った。

  このために兄弟の神々は怒り、大穴牟遅神を殺そうと策を練った。

  一行は伯耆国(ホウキノクニ 鳥取県)の手間(鳥取県西伯郡)の山の麓に行き、兄弟の神々は大穴牟遅神にその山の赤い猪を捕まえるように命じた。兄弟の神々が猪を山の上から追い立て、大穴牟遅神が下で待ち受け捕えるという手筈だったが、兄弟神は猪ほどの大きさの焼き石を転がして落とし、大穴牟遅神はこれを捕まえようとして焼かれ死んでしまった。

  この報せを聞いた母神の刺国若比売(サシクニワカヒメ)は嘆き悲しんで高天原に昇り、神産巣日神(カムムスヒノカミ)にこのことを話した。

  これを聞いて、神産巣日神は赤貝の貝比売(キサガイヒメ)と蛤の蛤貝比売(ウムギヒメ)葦原中つ国へ遣わし、大穴牟遅神を治療し蘇生するように命じた。

  そして貝比売が貝殻を削って粉を集め、蛤貝比売がその粉を蛤の汁で溶いて、大穴牟遅神の身体に塗りつけたところ、大穴牟遅神は見目麗しい男に成って歩き始めた。

  これを見た兄弟の神々は企みが失敗したことを知り、もう一回殺してやろうと、今度は大穴牟遅神を山の中に連れて行った。

  今度はあらかじめ大きな木を切り倒して、楔を打ち込んでおき、ある程度の隙間を作っておいて、大穴牟遅神を誘い込み、身体が隙間に入ったところで楔を一気に引き抜いて挟み殺すという策で、これにかかった大穴牟遅神は再び死んだ。

  刺国若比売が泣きながら大穴牟遅神を探したところ、挟みつぶされているのを発見し、木を裂いて取り出し蘇生した。そしてここにいると兄弟の神々に殺されると、大屋毘古神(オオヤビコノカミ)のいる木の国(紀伊国 和歌山県)へ逃がした。

  兄弟の神々は大穴牟遅神が逃げたことを知って、その居場所を突き止め、木の国で大屋毘古神に矢を番えながら、大穴牟遅神を引き渡すように脅した。

  大屋毘古神は大穴牟遅神を木の又から逃がし建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)がいる根堅洲国(ネノカタスクニ)に行くように勧めた。

  根堅洲国

  大穴牟遅神は根堅洲国(ネノカタスクニ)に着き、須佐之男の許に行くと、須佐之男の娘である須勢理毘売(スセリビメ)が出迎えた。顔を合わせた二柱は目と目で通じ合い、結婚の契りを交わした。

  須勢理毘売は戻って、父神に麗しい神が来たと知らせたところ、須佐之男は大穴牟遅神のことを葦原色許男と呼び、家に招き入れて、蛇のいる部屋を寝床として与えた。

  須勢理毘売は、大穴牟遅神に蛇払いの領巾(ヒレ 肩に掛ける布)を渡し、蛇が噛みつこうとしたときは三回振って払うように言い、大穴牟遅神はその通りにし安眠することが出来た。

  次の日の夜須佐之男は大穴牟遅神に呉公(ムカデ)と蜂がいる部屋を寝床に与えたが、須勢理毘売が呉公と蜂を払う領巾を渡したので、大穴牟遅神は前日と同じように安眠できた。

  また別の日、須佐之男は鳴鏑(鏑矢のこと)を野原に放ち、大穴牟遅神にそれを取ってくるように言いつけ、大穴牟遅神が中に入ると野原の周りに火を放った。

  大穴牟遅神は火から逃げる方法を探したところ、側に鼠がやって来て、火をやり過ごせる洞穴を教えられ〔「内(ウチ)はほらほら、外(ト)はずぶずぶ」(「内は空いていて、外は狭い」)〕、そこで火が消えるのを待った。火が消えると鼠が鳴鏑(矢の羽の部分は子鼠に食われていた)を咥えて持ってきて大穴牟遅神に渡した。

  須勢理毘売は大穴牟遅神は焼け死んだものと思い、泣きながら葬式の道具を持って野原に来て、須佐之男も流石の大穴牟遅神も死んだと思って野原に立ったが、大穴牟遅神は生きており、また鳴鏑を持ってきて須佐之男に渡したので、須佐之男は自分の御所の八つの間がある部屋に呼び、大穴牟遅神に自分の頭の虱を取るように言いつけた。

  大穴牟遅神が須佐之男の頭を見ると虱ではなく呉公が集っていた。そこで須勢理毘売が夫に椋の木の実と赤土(ハニ 粘土のこと)を渡した。

  大穴牟遅神はその実を噛み、赤土を口に含んで吐き出していたが、これを須佐之男は呉公を噛み砕いて吐き出しているものだと思い、大穴牟遅神を気に入り始め、そのまま寝てしまった。

  その後大穴牟遅神は眠っている須佐之男の髪の毛をそこら中の垂木(棟から軒に通した木)に結び付け、五百人で引くような巨岩を部屋の扉に置いて塞いでから、須佐之男の所持品である生大刀(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)天詔琴(アメノノリゴト)を取って、須勢理毘売を背負い根堅洲国から逃げ出した。

  しかし逃げるときに天詔琴が樹に触れ、これが大地を揺れ動かすほどに大きな音が鳴り響かせたため、須佐之男は目覚めてしまい、部屋を引き倒しながら起き上がって、垂木から髪を解いて追いかけてきた。

  須佐之男は黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)まで追いかけ、そこで大穴牟遅神が須勢理毘売を背負って逃げていくのを遠く眺めながら「生大刀と生弓矢を使い兄弟の神々を坂の裾に追い従え、河の瀬に追い払って、大国主の神になり、そして葦原中つ国の神霊である宇都志国玉神となって、須勢理毘売を正妻とし、出雲国の宇迦能山(ウカノヤマ)の麓に地の底を基盤にし宮柱(神殿の柱)を深く突き立て、高天原に向かって千木(チギ)を高くした宮殿を作って住むように」と、悪態混じりに大声で呼びかけた。

  大国主神は須佐之男の助言通りに行動し、その結果地上が出来て以来初めて、葦原中つ国を国として治めることになった。

 

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