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日本の神々-古事記編-開花天皇

ここでは開花天皇を中心に記述をまとめる

以下の簡略化した家系図のオレンジと黄色で囲った部分を、それぞれ第一第二グループとして、分けて書いているので参考にしてほしい

開花天皇 家系図

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある 時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

表記は基本的に当該、配偶者、配偶者の近縁、当該の子の順

第一グループ(オレンジ)

・若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト)

  大倭根子日子国玖琉命(オオヤマトネコヒコクニクルノミコト 孝元天皇)内色許売命(ウツシコメノミコト)の三番目の子

  竹野比売(タカノヒメ)を妻にして、比古由牟湏美命(ヒコユムスミノミコト)を生み、また継母である伊迦賀色許売命(イカガシコメノミコト)を妻にして、御真木入日子印恵命(ミマキイリヒコイニエノミコト)御真津比売命(ミマツヒメノミコト)を生んだ

  意祁都比売命(オケツヒメノミコト)を妻にして、日子坐王(ヒコイマスノミコ)を生み、また鸇比売(ワシヒメ)を妻にして、建豊波豆羅和気王(タケトヨハヅラワケノミコ)を生んだ

  別名に開花天皇(カイカテンノウ)がある

  春日の伊邪河宮(カスガノイザカワノミヤ 奈良県奈良市本子守町率川)にて、天下を治めた

  開花天皇の寿命は六十三歳で、御陵は伊邪河の坂の辺り(奈良県油坂町山之寺の前方後円墳)にある

・竹野比売(タカノヒメ)

  旦波(タニワ 後の丹波と丹後)大県主(タニワノオオアガタヌシ)である由碁理(ユゴリ)の娘

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)を夫にして、比古由牟湏美命(ヒコユムスミノミコト)を生んだ

・由碁理(ユゴリ)

  旦波(タニワ 後の丹波と丹後)大県主(タニワノオオアガタヌシ)

  娘に竹野比売(タカノヒメ)がおり、開花天皇の義父

・伊迦賀色許売命(イカガシコメノミコト)

  詳しくはこちらの記事へ

・意祁都比売命(オケツヒメノミコト)

  丸邇臣(ワニオミ 後の春日氏)の祖である日子国意祁都命(ヒコクニオケツノミコト)の妹

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)を夫にして、日子坐王(ヒコイマスノミコ)を生んだ

・日子国意祁都命(ヒコクニオケツノミコト)

  丸邇臣(ワニオミ 後の春日氏)の祖

  意祁都比売命(オケツヒメノミコト)袁祁津比売命(オケツヒメノミコト 姉とは発音がおそらく違う)の兄であり、開花天皇の義兄

・鸇比売(ワシヒメ)

  葛城垂見宿祢(カヅラギノタルミノスクネ)の娘

   若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)を夫にして、建豊波豆羅和気王(タケトヨハヅラワケノミコ)を生んだ

・葛城垂見宿祢(カヅラギノタルミノスクネ)

  鸇比売(ワシヒメ)の父で、開花天皇の義父

第二グループ(黄色)

・比古由牟湏美命(ヒコユムスミノミコト)

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)竹野比売(タカノヒメ)の子

  子に大筒木垂根王(オオツツキタリネノミコ)讃岐垂根王(サヌキタリネノミコ)がいる

・御真木入日子印恵命(ミマキイリヒコイニエノミコト)

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)伊迦賀色許売命(イカガシコメノミコト)の一番目の子

  別名に崇神天皇がある

  詳しくはこちらの記事へ

・御真津比売命(ミマツヒメノミコト)

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)伊迦賀色許売命(イカガシコメノミコト)の二番目の子

  従妹に同名の神がいる

・日子坐王(ヒコイマスノミコ)

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)意祁都比売命(オケツヒメノミコト)の子

  山代荏名津比売(ヤマシロノエナツヒメ)を妻にして、大俣王(オオマタノミコ)小俣王(オマタノミコ)志夫美宿祢王(シブミノスクネノミコ)の三柱を生んだ

  沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)を妻にして、沙本毘古王(サホビコノミコ)袁邪本王(オザホノミコト)沙本毘売命(サホビメノミコト)室毘古王(ムロビコノミコ)の四柱を生んだ

  息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)を妻にして、丹波比古多多湏美知能宇斯王(タニワノヒコタタスミチノウシノミコ)水之穂真若王(ミズノホノマワカノミコ)神大根王(カムオオネノミコ)水穂五百依比売(ミズホノイオヨリヒメ)御井津比売(ミイツヒメ)の五柱を生んだ

  叔母である袁祁津比売命(オケツヒメノミコト)を妻にして、山代大筒木真若王(ヤマシロノオオツツキノマワカノミコ)比古意湏王(ヒコオスノミコ)伊理泥王(イリネノミコ)の三柱を生んだ

  (33)平定のための派遣

  崇神天皇の御世に行われた、まつろわぬ者(帰順しない神や民 相手の神を祀らないという意味)の平定に参加し、丹波国(タニワノクニ 京都府北部)での玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)の討伐を任された。

・山代荏名津比売(ヤマシロノエナツヒメ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)を夫にして、大俣王(オオマタノミコ)小俣王(オマタノミコ)志夫美宿祢王(シブミノスクネノミコ)の三柱を生んだ

  別名に苅幡戸弁(カリハタトベ)がある

・沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)

  春日建国勝戸売(カスガノタケクニカツトメ)の娘

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)を夫にして、沙本毘古王(サホビコノミコ)袁邪本王(オザホノミコト)沙本毘売命(サホビメノミコト)室毘古王(ムロビコノミコ)の四柱を生んだ

・春日建国勝戸売(カスガノタケクニカツトメ)

  沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)の父

・息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)

  天之御影神(アメノミカゲノカミ)と息長氏の女の娘

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)を夫にして、丹波比古多多湏美知能宇斯王(タニワノヒコタタスミチノウシノミコ)水之穂真若王(ミズノホノマワカノミコ)神大根王(カムオオネノミコ)水穂五百依比売(ミズホノイオヨリヒメ)御井津比売(ミイツヒメ)の五柱を生んだ

・天之御影神(アメノミカゲノカミ)

  御上神社(滋賀県野洲市三上付近)の祝(ハフリ 神職)が仕える神

  息長氏の女の許に通い、これを妻として息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)を生んだ

・袁祁津比売命(オケツヒメノミコト)

  丸邇臣(ワニオミ 後の春日氏)の祖である日子国意祁都命(ヒコクニオケツノミコト)の妹であり、意祁都比売命(オケツヒメノミコト)の妹でもある

  甥である日子坐王(ヒコイマスノミコ)を夫にして、山代大筒木真若王(ヤマシロノオオツツキノマワカノミコ)比古意湏王(ヒコオスノミコ)伊理泥王(イリネノミコ)の三柱を生んだ

・建豊波豆羅和気王(タケトヨハヅラワケノミコ)

  若倭根子日子大毘毘命(ワカヤマトネコヒコオオビビノミコト 開花天皇)鸇比売(ワシヒメ)の子

  道守臣〔チモリノオミ オミは姓(カバネ 一種の称号)〕・忍海部造(オシヌミベノミヤツコ ミヤツコは姓)・御名部造(ミナベノミヤツコ)・稲羽忍海部(イナバノオシヌミベ)・丹波竹野別(タニワノタカノノワケ ワケは姓)・依網阿毘古(ヨサミノアビコ アビコは姓)らの祖

 

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