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日本の神々-古事記編-開花天皇の系譜-前

ここでは崇神天皇を除く開花天皇の子孫についての記述をまとめる

以下の簡略化した家系図のオレンジ、黄色、水色で囲った部分を、それぞれ第一第二第三グループとして、分けて書いているので参考にしてほしい

開花天皇の子孫

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある 時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

表記は基本的に当該、配偶者、配偶者の近縁の順

第一グループ(オレンジ)

・大筒木垂根王(オオツツキタリネノミコ)

  比古由牟湏美命(ヒコユムスミノミコト)の子で、開花天皇の孫

  兄弟の讃岐垂根王(サヌキタリネノミコ)の子と合わせて、五人の娘がいる

・讃岐垂根王(サヌキタリネノミコ)

  比古由牟湏美命(ヒコユムスミノミコト)の子で、開花天皇の孫

  兄弟の大筒木垂根王(オオツツキタリネノミコ)の子と合わせて、五人の娘がいる

第二グループ(黄色)

・大俣王(オオマタノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)山代荏名津比売(ヤマシロノエナツヒメ)の一番目の子で、開花天皇の孫

  子に曙立命(アケタツノミコト)菟上命(ウナカミノミコト)がいる

・小俣王(オマタノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)山代荏名津比売(ヤマシロノエナツヒメ)の二番目の子で、開花天皇の孫

  当麻の勾君〔タギマノマガリノキミ キミは姓(カバネ 一種の称号)〕の祖

・志夫美宿祢王(シブミノスクネノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)山代荏名津比売(ヤマシロノエナツヒメ)の三番目の子で、開花天皇の孫

  佐々の君〔ササノキミ キミは性(カバネ 一種の称号)〕の祖

・沙本毘古王(サホビコノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)の一番目の子で、開花天皇の孫

  日下部連〔クサカベノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕、甲斐国造(カイノクニノミヤツコ ミヤツコは姓)の祖

  (37)沙本毘古王の反逆

  垂仁天皇の后であり、自身の妹である沙本毘売命(サホビメノミコト)を利用して天皇を刺殺して、統治権を簒奪しようと画策するも失敗し、その計画を知った天皇との間で戦いになる。

  后である沙本毘売命が沙本毘古王の陣にいたため攻めあぐねていた天皇の軍勢も、沙本毘売命が天皇の元に戻る気がないことを確認し、その出産した御子を連れていくと攻勢に出た。そして沙本毘古王の軍勢は崩壊し、沙本毘古王自身も戦死した。

  →詳細は垂仁天皇-前の記事の沙本毘古王の反逆の段へ

・袁邪本王(オザホノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)の二番目の子で、開花天皇の孫

  葛野別〔カズノワケ ワケは姓(カバネ 一種の称号)〕、近つ淡海の蚊野別(チカツオウミノカノノワケ)の祖

・沙本毘売命(サホビメノミコト)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)の三番目の子で、垂仁天皇の妻

  詳しくはこちらへ

・室毘古王(ムロビコノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)沙本大闇見刀売(サホノオオクラミトメ)の四番目の子で、開花天皇の孫

  若狭の耳別〔ワカサノミミノワケ ワケは姓(カバネ 一種の称号)〕の祖

第三グループ(水色)

・丹波比古多多湏美知能宇斯王(タニワノヒコタタスミチノウシノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)の一番目の子で、開花天皇の孫、また垂仁天皇の義父

  丹波河上摩須郎女(タニワノカワカミノマスノイラツメ)を妻にして、比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)真砥野比売命(マトノヒメノミコト)弟比売命(オトヒメノミコト)朝庭別王(ミカドワケノミコ)の四柱を生んだ

  また娘に阿邪美能伊理毘売命(アザミノイリビメノミコト)沼羽田之入毘売命(ヌバタノイリビメノミコト)、歌凝比売命(ウタコリヒメノミコト)がいる

・丹波河上摩須郎女(タニワノカワカミノマスノイラツメ)

  美知能宇斯王(ミチノウシノミコ)を夫にして、比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)真砥野比売命(マトノヒメノミコト)弟比売命(オトヒメノミコト)朝庭別王(ミカドワケノミコ)の四柱を生んだ

・水之穂真若王(ミズノホノマワカノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)の二番目の子で、開花天皇の孫

  近つ淡海の安直〔チカツオウミノヤスノアタエ アタエは姓(カバネ 一種の称号)〕の祖

・神大根王(カムオオネノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)の三番目の子で、開花天皇の孫

  三野国(後の美濃国)の本巣国造〔ミノノクニノモトスノクニノミヤツコ 姓(カバネ 一種の称号)〕、長幡部連(ナガハタベノムラジ ムラジは姓)の祖

・水穂五百依比売(ミズホノイオヨリヒメ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)の四番目の子で、開花天皇の孫

・御井津比売(ミイツヒメ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)息長水依比売(オキナガミズヨリヒメ)の五番目の子で、開花天皇の孫

・山代大筒木真若王(ヤマシロノオオツツキノマワカノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)袁祁津比売命(オケツヒメノミコト)の一番目の子で、開花天皇の孫

  姪の丹波阿治佐波毘売(タニワノアジサハビメ)を妻に、迦邇米雷王(カニメイカズチノミコ)を生んだ

・丹波阿治佐波毘売(タニワノアジサハビメ)

  伊理泥王(イリネノミコ)の娘

  叔父である山代大筒木真若王(ヤマシロノオオツツキノマワカノミコ)を夫に、迦邇米雷王(カニメイカズチノミコ)を生んだ

・比古意湏王(ヒコオスノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)袁祁津比売命(オケツヒメノミコト)の二番目の子で、開花天皇の孫

・伊理泥王(イリネノミコ)

  日子坐王(ヒコイマスノミコ)袁祁津比売命(オケツヒメノミコト)の三番目の子で、開花天皇の孫

  娘に丹波阿治佐波毘売(タニワノアジサハビメ)がいる

 

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