赤

日本の神々-古事記編-天照大御神・月読命

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある

時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

三貴子(ミハシラノウズノミコ・サンキシ)-上

  三貴子-伊邪那岐が最後に生んだ三柱(天照大御神月読命建速須佐之男命)の総称で、伊邪那岐がこの三柱を生んだときに言った言葉(「私は神生みの最後に三柱の貴い御子を生んだ」)に由来する

・天照大御神(アマテラスオオミカミ)

  伊邪那岐の左目に付着した黄泉国の穢れ(詳細)を祓ったことで生まれた、高天原を統べる日の神

  三貴子の内の一柱

  父である伊邪那岐から統治を委任され高天原を統べるようになり、そのときに玉の首飾り〔御倉板挙之神(ミクラタナノカミ)〕を授かった

  須佐之男との宇気比の儀式により、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤビアメノオシホミミノミコト)天之菩卑能命(アメノホヒノミコト)天津日子根命(アマツヒコネノミコト)活津日子根命(イクツヒコネノミコト)熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)を作る詳細はすぐ下

  宇気比(ウケイ)の儀式

  弟の須佐之男が山河を轟かせ、大地を震動させながら高天原へ昇ってきているという報せを受け取った天照大御神は、わがままな弟が自分から高天原の統治権を奪おうとしていると考えた

  そこで髪を解き角髪(ミズラ 男の髪型)に束ね、左右の髪の輪や鬘(カズラ 髪飾り)、左右の手に五百個(五百津から おそらく数の多いことを表している)の勾玉(邪気を払う)を連ねた八尺(ヤサカ 大きい・長い)の玉飾りを帯び、背には千の矢が入る靫(ユギ)を負い、脇にも五百の矢が入る靫を付け、竹の鞆(トモ 弓の弦が腕に当たるのを防ぐ)を付けて、弓を立て土を足で均して、大地を固く踏みしめ、須佐之男を待ち受け、昇ってきた理由を厳しく問いただした

  須佐之男は邪心はなく、天照大御神に背こうとは思ってないと言うが、言葉だけでは信頼できない天照大御神は誓約の後子供を生み、その結果により誓約が嘘か真かを判断する一種の宇気比の儀式をすることにした

  ※宇気比(ウケイ)とは占う前に結果を決めておき、その通りの結果が出るかを見て神意を判断することであるので、天照大御神と須佐之男の誓約の儀式は宇気比の儀式ではあるが、宇気比の儀式がこの誓約の儀式のみを指すわけではない

  二柱は天安河(アメノヤスカワ)を挟んで宇気比の儀式をすることになり、須佐之男の子が男児ならば今回のことに邪心あり、女児ならば今回のことには邪心なしとするとの誓約をした

  まず天照大御神が須佐之男の十拳剣(トツカツルギ)を三つに折って、川の近くに掘った天之真名井(アメノマナイ)の水で清めてから噛み、息を吐き出すと、その息が霧に変わり三柱の女神が生まれた。

  これらの女神は須佐之男の物によって生じたので、須佐之男の子である

  以下須佐之男の剣から生まれた女神

  ・多紀理毘売命(タキリビメノミコト)

  ・市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)

  ・多岐都比売命(タギツヒメノミコト)

  次に須佐之男が天照大御神の左の角髪の玉飾りを天之真名井の水で清めてから噛み、息を吐き出すと、その息が霧に変わり一柱の神が生まれた

  右の角髪の玉飾り、鬘の玉飾り、左手の玉飾り、右手の玉飾りにも同じようにすると、そのそれぞれから一柱ずつ神が生まれた

  これらの神は天照大御神の物によって生じたので、天照大御神の子である

  以下天照大御神の玉飾りから生まれた神

  ・正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤビアメノオシホミミノミコト)

  ・天之菩卑能命(アメノホヒノミコト)

  ・天津日子根命(アマツヒコネノミコト)

  ・活津日子根命(イクツヒコネノミコト)

  ・熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)

  須佐之男の子は女の子であったので、何の邪心もないことが証明されたがその後、須佐之男は儀式に勝った気持ちにまかせて天照大御神の田の畔を壊したり、水を引くための溝を埋めたり、大嘗祭で使う神聖な御殿に糞尿をかけて回ったりした

  このことを天照大御神は畔や溝を壊したのは、その部分も苗が植えられるので勿体ないということで良かれと思ってやったことだろうし、糞尿に見えるのは吐瀉物で、これは酔っていたのだから仕方が無いと言い庇ったが、須佐之男の乱暴は依然として続いた

  天岩屋戸(アメノイワヤト)

  ある日天照大御神が忌服屋(イミハタヤ 神の衣を織る神聖な場所)で織り女たちの仕事を眺めていたとき、須佐之男がその屋根に穴を開け、そこから皮を尾から剥いだ斑模様の馬を落とした

  これに驚いた織り女の一人が梭(ヒ 機織りの道具)で女陰(ホト 女性器)を突いてしまい死んでしまった

  目の前で起きた惨状に須佐之男が恐ろしくなった天照大御神は天岩屋(アメノイワヤ)に籠ってしまい、これにより高天原も葦原中つ国も太陽が沈み、天も地も闇に覆われ永い夜が続いた

  その夜の間、悪神が騒ぐ声がそこかしこに広がり、あらゆる禍が起こったので、神々は天安河の河原に集まって会議を始め、思慮に優れた思金神(オモイカネノカミ)が考えた策を実行することになった

  まず常世の国〔海の先にある異世界(死の世界、神仙郷など多種多様)〕から飛来する長鳴鳥(ナガナキドリ)(邪気を払う)を集めて鳴かせて、天津麻羅(アマツマラ)に、天安河にある堅い岩を金敷に、天金山(アマノカナヤマ)の砂鉄を使った矛を作らせた(※矛を~は写本では欠落しているため補完)

  次に伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)八咫(ヤタ 大きい)鏡を、玉祖命(タマノオヤノミコト)に五百個(五百津から おそらく数の多いことを表している)の勾玉を連ねた八尺(ヤサカ 長い)の玉飾りを作らせた

  天児屋命(アメノコヤネノミコト)布刀玉命(フトタマノミコト)に天香久山(アメノカグヤマ)の牡鹿の肩の骨と同山の波波迦(ハハカ)の木(朱桜のこと)で占いをさせ、思金神の策に対する神意を尋ねたところ、良しとなったので、場の設営に取り掛かった

  天香久山の榊の木(神の依り憑く木)を掘り起こし、上部と中部の枝にそれぞれ作らせた八尺の勾玉の玉飾りと八咫鏡を付け、下部の枝には白い木綿の和幣(ニキテ)と青い麻の和幣を付けて、これらを神に捧げる献上品として布刀玉命が持ち、天児屋命が祝詞を奏上した

  そして天手力男神(アメノタヂカラヲノカミ)が岩屋戸の脇に隠れたところで、天香久山の日陰葛(ヒカゲノカズラ)を纏い、正木葛を鬘とし、笹の葉の束を手に持った天宇受売命(アメノウズメノミコト)が、中空の台の上で激しく踊った

  この踊りが神懸かりしてから天宇受売は乳房を露出し、裳(モ 腰から下に着た服)の紐を陰部まで押し下げるまでになり、この踊りに高天原は揺れ神々は笑った

  天照大御神は岩屋まで聞こえる神々の笑い声を不審に思って、岩戸を少し開け、なぜ世界が闇に包まれているのにも関わらず、天宇受売命は踊り神々は笑っているのかを外の神々に尋ねた

  天宇受売命が天照大御神よりも尊い神の出現に喜んでいると答え、天児屋命と布刀玉命が八咫鏡を差し出し天照大御神に見せた

  天照大御神は鏡に写った自分を見てそれが自分とは気づかずに、自分以外に日の神がいることを訝しみ更に戸を開けてよく見ようとした

  途端に隠れていた天手力男神に引っ張り出され、すぐに布刀玉命が岩屋に注連縄を張り出入りを禁じ、こうして再び世界に日の光が戻った

  (17)国譲り

  葦原中つ国を治めるのは、自分の子どもの正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤビアメノオシホミミノミコト)であるとして、地上に降らせようとしたが、地上には荒々しい国つ神が数多くいるとの報告を受けて、思金神(オモイカネノカミ)を含む神々を天安河に集め、どの神を地上に遣わせれば国つ神たちを帰順させることが出来るかを議論させた

  何度も神を遣わすも尽く失敗し、結局三度目の会議の後、建御雷之男神を遣わすことで国つ神を帰順させることに成功した

  →詳しくは古事記編-葦原中つ国の統治権の記事へ

  (20)葦原中つ国の平定に成功したため、天之忍穂耳命を降らせようとするが、当人の提案を受け、その息子の天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)を降らせた

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

  (24)自身の子孫である神倭伊波礼毘古命が登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)や熊野の荒ぶる神などに悩まされている様子を見て、高木神と共に建御雷之男神にもう一度天降るように持ち掛けるが、建御雷之男神は自身の代わりに、葦原中つ国の平定を担った大刀である佐士布都神を降ろすのが良いと言い、天照大御神はこれを承諾した

  →詳細は神武東征-前の熊野の段へ

・月読命(ツクヨミノミコト)

  伊邪那岐の右目に付着した黄泉国の穢れ(詳細)を祓ったことで生まれた、夜之食国(夜の国)を統べる月の神

  三貴子の内の一柱

  父である伊邪那岐から統治を委任され夜之食国を統べるようになった

 

前←古事記編-神生みによる神々-後

次→古事記編-天照大御神の段の神々

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です