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日本の神々-古事記編-天照大御神・月読命の段の神々

※括弧付きの数字は記事番号で、この記事外の時系列(原典表記順)で、その神についての説明があった場合に、説明の前に付けてある

時系列で追っていきたい場合はその部分は読み飛ばすことを推奨する

天照大御神・月読命の段に登場する神々

建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)

  詳しくはこちらの記事へ

・御倉板挙之神(ミクラタナノカミ)

  伊邪那岐神天照大御神高天原の統治権の委任と共に渡した首飾り

  元は伊邪那岐が着けていた

  →詳細は伊邪那岐・伊邪那美神の該当段へ

・多紀理毘売命(タキリビメノミコト)

  須佐之男の子

  宇気比の儀式のときに、天照大御神が須佐之男の十拳剣を噛み、その後に吐いた息が霧に変わり、その中から生まれた女神

  →詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段へ

  別名に奥津島比売命(オキツシマヒメノミコト)がある

  胸形(福岡県宗像神社)の奥津宮に鎮座し、海人族の胸形氏が奉る

  大国主神を夫に、阿遅鉏高日子根神(アジスキタカヒコネノカミ)高比売命(タカヒメノミコト)を生んだ

・市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)

  須佐之男の子

  宇気比の儀式のときに、天照大御神が須佐之男の十拳剣を噛み、その後に吐いた息が霧に変わり、その中から生まれた女神

  →詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段へ

  別名に狭依毘売命(サヨリビメノミコト)がある

  胸形(福岡県宗像神社)の中津宮に鎮座し、海人族の胸形氏が奉る

・多岐都比売命(タギツヒメノミコト)

  須佐之男の子

  宇気比の儀式のときに、天照大御神が須佐之男の十拳剣を噛み、その後に吐いた息が霧に変わり、その中から生まれた女神

  →詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段へ

  胸形(福岡県宗像神社)の辺津宮(ヘツミヤ)に鎮座し、海人族の胸形氏が奉る

・正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤビアメノオシホミミノミコト)

  詳しくはこちらの記事へ

・天之菩卑能命(アメノホヒノミコト)

  詳しくはこちらの記事へ

建比良鳥命(タケヒラトリノミコト)

  天之菩卑能命の子で、葦原中つ国内の辺境を平定した神

  出雲の国造〔クニノミヤツコ 姓(カバネ 一種の称号)〕、无邪志(ムザシ 武蔵国)の国造、上つ菟上(カミツウナカミ 上総国海上)の国造、下つ菟上(シモツウナカミ 下総国海上)の国造、伊自牟(イジム 上総国夷隅)の国造、津島(対馬)の県直〔アガタノアタエ 姓〕、遠江(トオツオウミ 遠江国)の国造の祖

・天津日子根命(アマツヒコネノミコト)

  天照大御神の子

  宇気比の儀式のときに、須佐之男が天照大御神の鬘に巻いた玉飾りを噛み、その後に吐いた息が霧に変わり、その中から生まれた神

  →詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段へ

  凡川内(オオシコウチ 河内国)の国造、額田の部(組織だったグループ)の湯坐(ユエ)の連〔ムラジ 姓(カバネ 一種の称号)〕、茨木(ウバラキ 常陸国)の国造、大和の田中(大和国田中)の直(アタエ 姓)山代(山城国)の国造、馬来田(ウマクダ 上総国望陀 カズサノクニウマタ)の国造、道尻の岐閇(ミチノシリノキエ 未詳)の国造、周芳(スオウ 周防国)の国造、大和の淹知(ヤマトノアムチ 大和国庵治)の国造、高市(タケチ 大和国高市)の県主(アガタヌシ 姓)、蒲生(カモウ 近江国蒲生)の稲寸(イナキ 姓)、三枝部(サキクサベ)の造(ミヤツコ 姓)の祖

・活津日子根命(イクツヒコネノミコト)

  天照大御神の子

  宇気比の儀式のときに、須佐之男が天照大御神の左手の玉飾りを噛み、その後に吐いた息が霧に変わり、その中から生まれた神

  →詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段へ

・熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)

  天照大御神の子

  宇気比の儀式のときに、須佐之男が天照大御神の右手の玉飾りを噛み、その後に吐いた息が霧に変わり、その中から生まれた神

  →詳細は天照大御神の宇気比の儀式の段へ

・思金神(オモイカネノカミ)

  高御産巣日神の子で、思慮に優れた神

  別名に常世思金神(トコヨノオモイカネノカミ 初出は邇邇芸命の天孫降臨の段がある

  伊須受能宮〔イスズノミヤ 五十鈴宮 伊勢神宮の内宮(皇大神宮)のこと〕に鎮座している

  天岩屋戸事件の天安河原会議で、天照大御神を岩屋から出す策を考えた

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (17)天安河の河原で行われた国つ神たちを帰順させるための会議やその関連会議に呼ばれ、知恵を絞った

  →詳細は古事記編-葦原中つ国の統治権の記事へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)の葦原中つ国への天降りの際に随行し、天照大御神の魂である八咫鏡(ヤタノカガミ)を祀る祭事を取り仕切ることを天照大御神自身から命じられた

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

・天津麻羅(アマツマラ)

  天岩屋戸事件の際、天安河にある堅い岩を金敷に、天金山(アマノカナヤマ)の砂鉄を使った矛を作った

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

・伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)

  天岩屋戸事件の際に八咫(ヤタ 大きい)鏡を作った

  鏡作連〔カガミヅクリノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)葦原中つ国への天降りの際に、五伴緒神(イツトモノヲノカミ 神事を司る部族の長)として随行した

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

・玉祖命(タマノオヤノミコト)

  天岩屋戸事件の際、五百個(五百津から おそらく数が多いことを表している)の勾玉を連ねた八尺(ヤサカ 長い)の玉飾りを作った

  また玉祖連〔タマノオヤノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)葦原中つ国への天降りの際に、五伴緒神(イツトモノヲノカミ 神事を司る部族の長)として随行した

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

・天児屋命(アメノコヤネノミコト)

  中臣連〔ナカトミノムラジ ムラジは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  天岩屋戸事件の際、思金神の策に対する神意を尋ねるために、天香久山(アメノカグヤマ)の牡鹿の肩の骨と同山の波波迦(ハハカ)の木(朱桜のこと)で占いをした

  この結果を承け、天香久山の榊の木(神の依り憑く木)を掘り起こし、上部と中部の枝にそれぞれ作らせた八尺の勾玉の玉飾りと八咫鏡を付け、下部の枝には白い木綿の和幣(ニキテ)と青い麻の和幣を付けたものを作り、神に捧げる献上品として持って捧げた

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)葦原中つ国への天降りの際に、五伴緒神(イツトモノヲノカミ 神事を司る部族の長)として随行した

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

・布刀玉命(フトタマノミコト)

  忌部首〔インベノオビト オビトは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  天岩屋戸事件の際、思金神の策に対する神意を尋ねるために、天香久山(アメノカグヤマ)の牡鹿の肩の骨と同山の波波迦(ハハカ)の木(朱桜のこと)で占いをし、この結果を承け岩屋の前で祝詞を奏上した

  また天照大御神が戸の外に引っ張り出されたときに、素早く岩屋に注連縄を巡らした

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)葦原中つ国への天降りの際に、五伴緒神(イツトモノヲノカミ 神事を司る部族の長)として随行した

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

・天手力男神(アメノタヂカラヲノカミ)

  怪力の神

  佐那々県(サナナガタ 三重県多気郡多気町)の佐奈神社に鎮座する 

  手力男神(タヂカラヲノカミ 初出は邇邇芸命の天孫降臨の段とも呼ばれる

  天岩屋戸事件の際、岩屋戸の傍に隠れて待機し、天照大御神が戸から少しだけ体を出した瞬間、その手を取って外に引っ張り出した

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)葦原中つ国への天降りの際に随行した

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

・天宇受売命(アメノウズメノミコト)

  猿女君〔サルメノキミ キミは姓(カバネ 一種の称号)〕らの祖

  天岩屋戸事件の際、天香久山の日陰葛(ヒカゲノカズラ)を纏い、正木葛を鬘とし、笹の葉の束を手に持ち、中空の台の上で激しく踊った

  →詳細は天照大御神の天岩屋戸の段へ

  (20)日子番能邇邇芸命(ヒコホノニニギノミコト)葦原中つ国への天降りの際に、猿田毘古神(サルタビコノカミ)の素性を明らかにし、また五伴緒神(イツトモノヲノカミ 神事を司る部族の長)として日子番能邇邇芸命に随行した

  日子番能邇邇芸命からは対面する神に睨み勝つ女神であると評された

  天降りの後に日子番能邇邇芸命の命令で、道案内の役目を果たした猿田毘古神を鎮座地まで送り、その名を継承して仕え祀った

  このことが猿女君(サルメノキミ)の由来であるとされる(天宇受売命が猿田毘古神の名を受け継いだことから、天宇受売命の子孫を猿女君と呼んだという解釈が一番単純)

  ※天宇受売命と猿田毘古神については複雑なので別の記事で詳しくまとめる

  →詳細は邇邇芸命の天孫降臨の段へ

  猿田毘古神を鎮座地まで送った後、降臨の地(筑紫の日向にある高千穂)まで戻り、海の魚(生物)を集めて天つ神に恭順し仕えるかと尋ねた

  ほとんどの魚(生物)は恭順を示す返事をしたが、海鼠(ナマコ)だけは返事をしなかったので、天宇受売命は海鼠の口を紐の付いた小刀で裂いた

  このことが海鼠の口が割けている理由とされ、また志摩(三重県)から歴代の天皇に海産物を献上する際に、その一部を天宇受売命の子孫である猿女君にも献上することの理由である

 

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