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易(十五)-周易六十四卦-臨・観

六十四卦(十)

詳しい前書きは易(六)を参照

本文の構造としては、性質の部分がその卦の性質つまりその卦に対応する物事の性質を表し、の部分が該当する物事への総合的な対処方法、の部分は卦の性質の構成物としての性質の詳細情報と、該当する物事への細かい対処方法である。

書き下し文は卦辞、爻辞のみで「中村璋八・古藤友子(1992)『周易本義』明徳出版社」を引用している。しかしその解釈文は、卦辞、爻辞、彖伝、象伝なども参考にしたものであり、また引用文とは異なった書き下し方をして解釈した部分もあるので、書き下し文と解釈文が食い違うことがあるということをご留意願いたい。

またそれぞれの卦の後ろの一言は「丸山松幸訳(1973)『易経-中国の思想第七巻-』徳間書店」の引用である。一言でその性質を示すとして記載したが、私の解釈とは合わない場合もある。

19.臨(リン)臨(地沢臨 チタクリン)世に臨む

  性質

  臨は和合による支配を表す卦である

  坤の卦が兌の卦に乗っている卦で、下が上に迫るのを(陽が陰に迫る)、上は包容(坤)し、これにより下が悦ぶ(兌)ということを示し、上下が親しみ合う形態での支配を表す

  また陽が陰に迫っていることから、直面し進むという性質もある

  

  ・臨は、元い(オオイ)に亨る(トオル)。貞しき(タダシキ)に利し(ヨロシ)。八月に至りて凶あり。

    ―すべて上手くいく。正道を守れば良い。陰が伸長する時期になると凶である。(中正 八月については諸説あるがどの説も現在とは逆の、陰が強くなる時機のことを戒めている)

  

  ・初九、咸臨す。貞しくして吉なり。

    ―上下一体となって事に臨む。正道を守れば吉である。(下の陽爻が上の陰爻に迫り、それを上の陰が受容するという形で一体となる 六四と正応)

  ・九二、咸臨す。吉にして利しからざることなし。

    ―上下一体となって事に臨む。吉である。(下の陽爻が上の陰爻に迫り、それを上の陰が受容するという形で一体となる 六五と中正)

  ・六三、甘臨す。利しきところなし。既にこれを憂ふれば、咎なし。

    —甘い考えで事に臨み、良いことはない。しかしこれを憂い戒めれば、罪や過ちはない。(不正、中爻でない)

  ・六四、至臨す。咎なし。

    ―完璧な心構えで事に臨む。罪も過ちもない。(正応、正位 分相応な振る舞い)

  ・六五、知臨す。大君の宜しきなり。吉なり。

    —知を以って事に臨む。主君に相応しい態度であり、吉。(中正 九二が動き、それを受容する)

  ・上六、敦臨す。吉にして咎なし。

    ―入念な態度で事に臨む。吉であり、罪や過ちはない。(親しみ合う支配の極致で陰爻 陽爻に対しても手厚い態度で臨む)

20.観(カン)観(風地観 フウチカン)ものの見方について

  性質

  観は見ることを示す卦である

  巽の卦が坤の卦に乗っている卦であり、地上(坤)に風(巽)吹き荒れ、非常に柔い(坤と巽)秩序の中、中正の天子が全てを観て道を示し、民に仰ぎ観られる(坤と巽は柔順の性質がある)ことを表す

  

  ・観は、盥(カン)して薦(セン)せず。孚ありて顒若(ギョウジャク)たり。

    ―神前において手を清めるが、見極めるまで供物は差し出さない。このような誠意を見せて、尊敬される。(九五を仰ぎ見る四つの陰爻)

  

  ・初六、童観す。小人は咎なし。君子は吝なり。

    ―幼稚な見方で、小人ならば仕方がないが、君子とっては恥ずべき見方である。(九五を仰ぎ見ようとするが、最下位の陰爻で近くしか見えない)

  ・六二、闚観(キカン)す。女の貞しきに利し。

    ―隙間から窺い見る。女(狭い範囲を守る)であれば正しく良い。(陰爻)

  ・六三、我が生を観て、進退す。

    ―自分を顧みて、進むべき方向を決めれば道を見失わない。(下卦の最上位で進むも退くも取れる)

  ・六四、国の光を観る。用て王に賓たるに利し。

    ―国の栄光を見て、王の賓客として仕えるのが良い。(九五のすぐ下の陰爻)

  ・九五、我が生を観る。君子なるときは咎なし。

    ―自分を顧みる。君子たる振る舞いをするならば過ちや罪はない。(天子の位の陽爻 中正)

  ・上九、その生を観る。君子なるときは咎なし。

    ―民に見られる。気を抜かずに、君子たる振る舞いをするならば過ちや罪はない。(九五の上)

 

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